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福岡高等裁判所 昭和56年(う)221号 判決 1982年10月26日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人森部節夫が差し出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官橋本昮が差し出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対し次のとおり判断する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

一  原判示第二の詐欺の点について

所論は要するに、被告人は、壷山宗慶から被告人個人の用途に使用する目的で一、五〇〇万円を借り受けたところ、当時被告人は、右金員を返済する意思及び能力もあつたのであるが、後発的な理由、即ち、当初野中正勝から右金員を返済するため融資を受けることになつていたのが実現せず、そのため右金員の返済ができなくなつたというだけのことであつて、これは詐欺罪に該当しない。しかるに原判決が被告人を有罪としたのは明らかに事実を誤認したものである、というのである。

そこで、検討するに、関係各証拠によると、被告人は、昭和五四年一一月二〇日当時、勤務していた興亜火災海上保険株式会社(以下興亜火災と云う)小倉支社において、以前から多額の金員を使い込み横領していて、その穴埋め整理ができない残額二、五〇〇万円位と、そのほか西部商事株式会社など三か所の金融業者から借り受けた金員の返済残額合計五、三〇〇万円位があり、特に西部商事の借金については、その返済期が同月二二日となつていて、その返済資金を工面する必要にせまられていたところ、被告人は、同月二一日、知人の山本治彦の紹介で初めて壷山宗慶と会い、同人から金策をすることにし、同人に対し、「保険会社は銀行から通知預金設定の要請を受けており、それに応じなければ銀行から協力して貰えない。そのため二、〇〇〇万円の通知預金をしなければならない、多い方がよいので、四、〇〇〇万円位都合してくれませんか、担保には会社の通知預金証書を差し入れます。」などと云つて借金の申し込みをしたが、その際、真実は、右壷山から借り受ける金員は被告人個人の借金の返済に使用するものであるに、これを秘し、前記のとおり被告人の勤務する興亜火災小倉支社の通知預金に使用するものであり、そのため同社の通知預金証書を担保に差し入れるなどと嘘を云い、又、担保に差し入れる通知預金証書は既に、同月一七日同通知預金をしていた銀行に紛失届を出して支払停止の手続をとつていて、その通知預金証書によつては支払いが受けられないことになつていたのに、その事実をも秘匿していたものである。そして翌一一月二二日、右壷山から、借り受け金額は一、五〇〇万円、利息は月四パーセント、返済期は同年一二月二四日とすることにし、借用証書など必要書類及び担保のための前記通知預金証書と引替えに、現金一、五〇〇万円を受け取り、同金員はその日のうちに前記西部商事の借金返済分として振り込み送金し、その後右壷山に対し、同年一一月三〇日、昭和五五年一月一〇日の二回、各六〇万円を右借金の利息分として支払つたものの、元金一、五〇〇万円については、返済期到来後も被告人においてこれを返済することができず、結局は昭和五五年二月一四日、興亜火災においてその事実が判明したため、同社において右元金及びその後の利息を全部支払つて清算したことなどの事実が認められる。

なお、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書(原審検察官証拠申請番号三〇ないし三三号)によると、被告人は、右関係各証拠によつて認められる事実に、全面的に沿うような供述をしているところ、右各供述調書は任意性を疑わしめるような事情は認められないし、又その供述内容は具体的かつ詳細で、不自然さや不真実らしい点も感じられず、十分に措信できるものである。

他方、被告人の原審及び当審公判廷における各供述並びに壷山宗慶の当審公判廷における証言において、一部所論に沿うような各供述部分があるけれども、その各供述内容において、不合理な点や不自然さが感じられ、右各供述部分は、被告人の右各供述調書、壷山宗慶の司法警察員に対する供述調書などと対比した場合、そのまま措信することはできない。特に、被告人は、原審及び当審公判廷における各供述において、本件金員を返済する意思及び能力があつたことの根拠として、野中正勝から融資を受けて本件金員の返済をすることになつていたと、あたかも右金員返済のめどがついていたようなことを述べているが、被告人の司法警察員に対する供述調書(当審検察官証拠申請番号一一号)によると、被告人は、昭和五四年六月から同年一一月までの間に、本件とほぼ同様の経緯、方法で、野中正勝から前後四回に亘り、合計五、二〇〇万円を借り受けていて、そのうち三、四〇〇万円は返済しているものの、その残額一、八〇〇万円については返済することができず、後日被告人の勤務する興亜火災の方でその弁済をして清算していることなどの事情が明らかであつて、この点からしても、被告人が云うように、野中正勝が、被告人の壷山宗慶に対する借金返済のため融資をするということは到底考えられない。又、関係証拠によつて認められる被告人の当時の借金状況などからして、被告人が他の知人等から融資を受けて、右壷山に対する借金を約定どおりに返済できるようなめどもなかつたことなどの事情が認められる。

以上の事実関係に徴すると、被告人は、本件当時、返済のめど或いは返済能力がないのに、原判示のとおりの偽罔方法を用いて、壷山宗慶から借用金名下に現金一、五〇〇万円を受領したものであつて、これが詐欺罪に該当することは明らかである。

二  原判示第一の犯罪一覧表19、20の各業務上横領の点について

所論は要するに、被告人は、興亜火災小倉支社の母店である同会社九州支店の指示に基づいて、同店に送金するため、通知預金を解約して本件金員を一時被告人名義の普通預金口座に入金しただけのことであつて、これは主観的にも不法領得の意思はなく、客観的にも領得行為が存しないのであるから、業務上横領罪は成立しない。しかるに原判決が被告人を有罪としたのは明らかに事実を誤認したものである、というのである。

しかし、関係各証拠によると、被告人は、昭和五四年一二月一三日、母店の九州支店の村上総務課長らと会つて、被告人が従前使い込みをしていた小倉支社の公金の清算についての話し合いをし、同月一八日までに金策をしてその穴埋めをする旨約束し、そこで被告人は、同月一四日、福岡銀行徳力支店に設定してあつた興亜火災小倉支社長小林俊夫名義の、本件犯罪一覧表19に係る通知預金一、五〇〇万円を解約し、その元利金を大分銀行小倉支店の被告人個人名義の普通預金口座に振り込み入金したうえ、それと他から借り受けて来た五〇〇万円を合せ、それを翌一五日母店の九州支店に振り込み送金し、更に、その後も九州支店次長と会つて、前記同様使い込みの件について話し合いをし、又以前に偽りの通知預金設定報告書を提出していたため、その発覚を防ぐためということもあつて、同月二八日、本件犯罪一覧表20に係る、福岡銀行苅田支店に設定してあつた興亜火災小倉支社長小林俊夫名義の通知預金一、五〇〇万円を解約し、それを福岡銀行行橋支店の被告人名義の普通預金口座に振り込み入金したうえ、それを母店の九州支店に振り込み送金したものであつて、以上はいずれの場合も、母店の九州支店からの指示によるものではなく、被告人自身が、従前使い込み横領をしていた金員の穴埋めのため、即ち被害弁償をするため、被告人自身が勝手に前記各通知預金を解約して受領し、その後これを母店の九州支店に振り込み送金したことなどの事実が認められる。以上の事実関係に徴すると、被告人が二回に亘つて前記の通知預金を解約して同金員をそれぞれ受領した段階において、業務上横領罪が成立することは明らかであり、その後被告人が同金員を自ら費消せず、これを母店の九州支店に送金したとしても、それは一種の事後的処分行為と見做されるものであつて、本件各犯罪の成否にはなんら影響のない事柄である。

以上の次第で、原判決が挙示する関係各証拠によれば、原判示第一の犯罪一覧表19、20の各業務上横領及び同第二の詐欺についての各罪となるべき事実が優に認定できるところであつて、原審記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討して見ても、原判決には、所論のような各事実誤認の違法は存しない。結局、各論旨はいずれも理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

量刑不当の主張に鑑み、記録を精査し当審における事実取調べの結果をも参酌して検討して見るに、本件は、被告人が、興亜火災小倉支社長として在勤中、一年足らずの期間内に、二一回に亘り現金合計一億六、三〇〇万円余及び小切手額面合計二、五〇〇万円(従前の横領分をその後の横領分などで穴埋めするという方法を講じている関係で、実害の残額は四、〇〇〇万円位)を業務上横領したことと、小倉支社長の肩書を利用して他から一、五〇〇万円を騙取したという事案であつて、その犯行動機においても必ずしも同情できるものではなく、犯行態様も悪質、巧妙であり、その被害総額も極めて大きく、そのため被害者は勿論のこと、社会一般に与える影響も軽視することができず、現在に至るまで、ごく一部が被害弁償されただけで、その大半の被害弁償がなされていないことなどを併せ考えると、被告人の刑責は極めて重大であると云わざるを得ない。

他方、被告人は、これまで真面目に勤務して平和な家庭生活を送つて来ており、前科も全くなく、本件についても一応は反省していること、その他被告人の経歴、家庭状況など、所論指摘のような有利な諸事情も認められるが、これらの諸点をすべて考慮しても、前記のように本件の犯行態様が悪質、巧妙であることや、結果が極めて重大であることに鑑みると、原判決の量刑はやむを得ないものであり、所論のようにこれが重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

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